
テック業界でM&Aを成功させ成果を最大化する鍵は実行力
厳しい現実として、M&Aの67%は、期待された成果を実現できていません。これは単なるミスではなく、警鐘です。
その最大の原因は何でしょうか?それはオペレーション統合の失敗です。バリュエーションでも、テクノロジーでも、顧客離れでもありません。M&Aの多くはクロージング後に頓挫します。理由は、オペレーションの複雑さを無視するか、後回しにしてしまうからです。
もし貴社が、プライベート・エクイティ、M&Aアドバイザー、あるいは国際的なテック企業のカーブアウトを支援する法律顧問であれば、この問題は他人事ではないはずです。これらは仮説上のリスクではなく、現実に起きている致命的な問題であり、回避可能なものです。
国際的なカーブアウトでは、買収者はテクノロジー、チーム、顧客を取得しますが、しばしばそれらを運営するための法的主体(リーガルエンティティ)を引き継ぎません。その結果、買収者は、ほとんど知見のない国や地域で、人材の雇用、知的財産の保護、業務オペレーションの再構築といった課題に直面することになります。
それでもなお、多くの案件でとられているスタンスはこうです。
「オペレーションはクロージング後に考えればいい」。
この前提こそが、M&Aを即座に失敗へと導く要因です。
本コラムでは、統合をスムーズに進め、真の価値を引き出すために避けるべきオペレーショナルな落とし穴を明らかにします。
資料ではわからないデューデリジェンスの抜け穴
従来のデューデリジェンスでは、売上、知的財産(IP)、顧客集中度といった項目は精査されます。しかし、多くの場合、オペレーションの実態までは見落とされています。
■グローバル給与計算の整備不足
クロージング後の影響:支払い遅延、法令違反、従業員離職
■人事システムの分断
クロージング後の影響:レポートの混乱、データ損失
■法人構造の不整合
クロージング後の影響:PEリスク、規制対応の遅れ、現地雇用の不可能性
■業務委託契約の誤分類
クロージング後の影響:税務調査、追徴課税、制裁金
クロージング後に買収企業からご相談を受ける際、こうした領域のいずれかが見落とされており、想定していた成果が実現していないケースが大半です。これは決して珍しいことではありません。
急成長中のテック企業は、インフラよりも成長を優先する傾向があります。日々の業務は何とか回っていても、M&Aによってその“無理”が一気に表面化するのです。
以下は、実際に私たちが現場で見てきた例の一部です。
- 12カ国以上に分散する開発者に対し、現地雇用体制が未整備
- 地域ごとの業務が“シャドーIT”で運営されている
- 名ばかりの「業務委託」が、実態はフルタイムリーダー
- Googleスプレッドシートで管理されるグローバル福利厚生
これらの問題は、デューデリジェンスの資料では見えてきません。
しかし、契約書にサインした直後から表面化し、統合プロセスの障害となるリスクをはらんでいます。
テックM&Aを頓挫させる、5つのオペレーション上の落とし穴
以下に挙げる各課題は、実際のM&A案件を破綻または深刻な遅延に追い込んだ原因です。事前に把握し、対処しておくべき重要なポイントです。
■給与システムのパッチワーク問題
急成長中のテック企業は、国ごとにローカルの給与ベンダーを追加しながら、場当たり的にグローバル給与体制を構築していることがよくあります。その結果、以下のような問題が蓄積されていきます。
- 統一されていない給与システム
- 国ごとに異なる税務カレンダー
- 一貫性のないコンプライアンス体制
■その結果、何が起きるか?
- 給与の統合プロセスに長期の遅延が発生
- 重複システムによる高コストと罰則リスク
- 給与ミスや混乱による従業員の離職率上昇
■デューデリジェンスでの要注意サイン
- 給与処理が手作業で行われている
- 従業員のマスターデータが統合されていない
- 一人あたりの管理コストが高い
■買収前に確認すべき重要な質問
- 現在稼働している給与ベンダーは何社ありますか?
- 国ごとの従業員1人あたりの実質的な給与処理コストは?
- 過去にコンプライアンス違反や指摘を受けたことはありますか?
業務委託契約の誤分類という“コンプライアンス時限爆弾”
グローバルでの採用を迅速に進める手段として、業務委託(インディペンデント・コントラクター/IC)の活用は一見効率的に思えます。しかし、実態として従業員であるにもかかわらずICとして分類していると、法的・財務的なリスクが一気に噴出する可能性があります。
■その結果、起こり得るリスク
- 政府による監査や調査の対象となる
- 統合やクロージング後の運用に大幅な遅延が生じる
- 多額の罰金や未払い賃金の支払い義務が発生
■デューデリジェンスでの注意ポイント
- ICとして分類されている人材が多数存在する
- 一律で画一的な業務委託契約書を使用している
- 主要市場に現地のHR担当者や法人が存在しない
■事前に実施すべきチェックリスト
- 従業員区分の監査(classification audit)を実施
- 業務委託の活用にはAOR(Agent of Record)の導入を検討
- ビザや就労許可証のリスクを見直す
- 各国の労働法に基づくリスクマッピングを行う
HRシステムの混乱
急速なグローバル成長の結果、地域ごとに異なるHRシステムが乱立し、データの一元管理ができていないというケースは非常に多く見られます。これにより、統合プロセスや日常業務に大きな支障をきたします。
■その結果、起こり得る課題
- カスタム連携ツールやミドルウェアへの高コストが発生
- 地域ごとに同様の手作業プロセスが繰り返される
- 給与・人員データを統合的に把握できない
■デューデリジェンスでの注意ポイント
- 統合されていないHRシステムが複数稼働している
- 基本的なHR業務で手作業の迂回策が使われている
- グローバル従業員のマスターデータが存在しない
■未然に防ぐために
- 現在使用しているHRシステムをすべて棚卸する
- 各ツールの統合・連携可能性を評価する
- データガバナンス体制とシステムオーナーシップを明確化する
- ベンダー統合およびグローバル統合型HR/給与ソリューションの導入を検討する
法人構造の迷路
税務戦略を最優先に設計された法人構造は、実際のオペレーションと整合しないことが多くあります。買収先の法人が実体を欠いている/休眠状態にある/想定外の税務・法務リスクを抱えているといった事態に陥る可能性があります。
■その結果、発生しうるリスク
- 現地実体の欠如により規制当局の監視対象になる
- 恒久的施設(PE)リスクの顕在化
- 法人構造と業務実態の不整合による統合遅延
■デューデリジェンスでの注意ポイント
- スタッフや実務のない法人が存在する
- 意思決定が法人登記地以外で行われている
- 地域ごとに所有構造がバラバラ
■確認すべき重要なポイント
- 各法人には実体(従業員、オフィス、マネジメント)があるか?
- 休眠法人や、本来の目的外で稼働している法人はないか?
- PEリスクや義務的な報告要件を引き起こす構造ではないか?
- 知的財産、契約権限、人員管理が法人構造と整合しているか?
人材流出の危機
テック企業の価値は、多くの場合人材そのものにあります。しかし、M&A後に優秀な人材が流出すれば、その取引自体が破綻しかねません。特に、買収対象に現地法人が含まれていない場合や、給与の統合時に混乱が生じた場合に、「雇用主不在」の状態が生まれ、重大なリスクとなります。
■その結果、起こり得る影響
- キータレントの流出とチームの弱体化
- 想定外のリテンション(引き留め)コストの増加
- プロダクト納期の遅延や顧客損失の発生
■デューデリジェンスでの注意ポイント
- ローカル法人が買収対象に含まれていない
- 雇用主やEOR(雇用代行)体制が整っていない
- 株式報酬制度の条件や執行可能性が不明確
■買収前に確認すべき事項
- 重要な人材を雇用している法人はどこか?
- 一時的な対応としてEORの導入が可能か?
- 地域ごとの報酬・福利厚生水準と整合しているか?
- ポストクロージング後の人材定着戦略とコミュニケーション計画が策定されているか?
エンティティ・ギャップへの対応策:EORを活用した戦略的ブリッジ
この状況、心当たりはありませんか?
カーブアウト案件がクロージングされたものの、買収側はポーランド・シンガポール・ブラジルなどの市場に現地法人を持っていない、エンジニアは稼働準備万端、しかし給与は支払えず、福利厚生も宙に浮いたまま。チームの士気は急速に低下していきます。
このようなケースでは、海外雇用代行サービス(EOR)が法令遵守のための“橋渡し”役を担うことができます。
課題:雇用主不在の「孤立した従業員」
EORによる解決策:即時かつ適法な雇用の提供
課題:法人設立の遅延
EORによる解決策:短期的な法的雇用インフラの確保
課題:現地のHR機能の欠如
EORによる解決策:契約、福利厚生、給与処理を現地基準で適切に実施
課題:リテンション(人材流出)リスク
EORによる解決策:文化的背景を踏まえたローカライズ対応とサポート
EORモデルは、60日間の短期から18ヶ月以上の中長期まで柔軟に対応可能です。決してその場しのぎではなく、“安全に向こう岸へ渡るための、堅実で安定した橋”として機能します。
スムーズな移行と統合のためのフレームワーク
適切なサポートがあれば、タイトなスケジュール下でもワークフォース(人材)の移行は円滑に進めることが可能です。以下は、GoGlobalが実際に採用している「55日間カウントダウン・フレームワーク」の一例です。
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GoGlobal株式会社 代表取締役 |
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